御朱印集め

御朱印集め(40) 猿田彦神社

御朱印集め(40) 猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)

 伊勢の神宮のお参りを伊雑宮で終え、伊勢市内に戻り、宇治浦田に鎮座する猿田彦神社を訪れた。ここは皇大神宮(内宮)の宇治橋近くから連なるおはらい町のもう一方の出入り口付近に位置し、日曜日の午後ということもあってか、今回のお伊勢参りで、最もにぎわっていた。写真で見るとそうでもないが、撮影はなるべく人が入らないように行っているためだ。

御由緒

(猿田彦神社公式サイト https://www.sarutahikojinja.or.jp/ よりそのまま引用) 

 猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も良い方へ“おみちびき”になる大神で、古事記、日本書紀などにも「国初のみぎり天孫をこの国土に啓行(みちひらき)になられた」と伝えられています。

 天孫降臨を啓行(みちひらき)された猿田彦大神は、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を御案内した後、天宇受売命(あめのうずめのみこと)と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田(さながた)五十鈴の川上」の地に戻り、この地を始め全国の開拓にあたられました。

 なお猿田彦神社は、猿田彦大神直系の子孫である宇治土公(うじつちのきみ または うじとこ)家が代々宮司を務める神社(本社 もとつやしろ)であるとのこと。

 猿田彦大神については、御朱印集め(1) 千勝神社でも述べたのでご参照を。

御祭神

 猿田彦大神

境内

鳥居

本殿

 二重破風の妻入造りである「さだひこ造り」。方位(八方)を司る大神の御神徳にちなみ、鰹木、欄干が八角形で造られているとのこと。そういえば、鳥居の柱も八角形で造られている。

佐瑠女神社(さるめじんじゃ)

 

御由緒

(猿田彦神社公式サイト https://www.sarutahikojinja.or.jp/ よりそのまま引用) 

 境内社の佐瑠女神社には、俳優(わざおぎ)・神楽・技芸・鎮魂の祖神と仰がれる天宇受売命が奉祀されています。

 天照大御神が天岩窟に籠もられ世の中が乱れたとき、天宇受売命が神楽をされ、そこに集まった八百万の神々が喜び笑い、天照大御神が再び現れ平和な世になりました。

 また天孫降臨に際し、天八衢(あめのやちまた)にてお待ちしていた猿田彦大神と最初に対面し、高千穂の峰に至る道を啓かれました。そしてその後は猿田彦大神の本拠の地である五十鈴の川上の地に赴かれる大神と共に来られ、その功により「猨女君」(さるめのきみ)と称号を受けられました。

 佐瑠女神社は芸能・スポーツ関係をはじめ、技芸の上達を祈る方々の参拝が絶えません。また、天津神と国津神の仲を取り持たれた神様であることから、色々な良き御縁を結ぶ神様として信仰も篤く、多くの参拝者で賑わっています。

 私が見たところ、猿田彦神社よりも佐瑠女神社の方が、若い男女に人気で、芸能人志願の人が訪れているのかな、と思った。佐瑠女神社の幟は、芸能関係の人々が奉納したもののようだ。

御祭神

 天宇受売命(あめのうずめのみこと)

 猿田彦大神と天宇受売命は、天孫降臨の際に一緒に道案内をした縁で結婚されたという説もあるようだが、古事記、日本書紀にはそこまで明示的に書かれているわけではない。

 瓊瓊杵尊は、天宇受売命に「私の前を先導して仕えた猿田毘古大神は、正体を尋ねたあなたが送ってさしあげなさい。また、その神の名前を取って、自分の名としなさい」と仰せになりました。これにより、天宇受売命の子孫である猿女君らの女性は、猿田毘古の男神の名を受けついで、猿女君と呼ばれることになったのです。(竹田恒泰著 現代語古事記より引用)とのことなので、結婚したと読めなくもなく、道案内をふたりで成し遂げたあと、家まで送り送られた間柄なので、そうあってくれればいいな、と思う。

 また天宇受売命については、御朱印集め(9) 櫻川磯部稲村神社の御祭神のところでも紹介しているので、ご参照を。

御朱印

 猿田彦神社の御朱印は、シンプルな「神宮」の御朱印とは異なり、奉拝の文字と、啓行の印が加えらている。また、猿田彦神社の印は八角形の縁取りだ。

 佐瑠女神社の方は、「神宮」の御朱印と同様にシンプルだ。

 参拝終了後は、おはらい町とその中央部にあるおかげ横丁で、みな思い思いに買い物をしたり、お茶を飲んだりする。電柱・電線がないので、昔の街並みはこのようだったのだろうと思わせる。

おはらい町

おかげ横丁

 この日の曇りのち雨の天気予報だったが、猿田彦神社第二駐車場に戻ってきたときにぽつぽつ降り始めるまで天気はもった。伊勢の神様、ありがとうございました。

 そういえば、お伊勢参りのために新しく買った三色ボールペンが、出発の朝、胸のポケットに挿したはずだったのに、車に乗ったときになかった。鍵をかけた家に戻って探すもなく、最後にキャリーバッグの中に洗面用具をしまったときに胸のポケットから滑り落ちてキャリーバッグの中に入ったかと思い、ホテル到着後に探すもなく、お伊勢参りを終えて帰宅後に徹底的に家探しをするも見つからなかった。これは神隠しにあったとしか思えない。ボールペンが身代わりになって往復1200Kmの旅の安全も守ってくれ、天気ももたせてくれたのかもしれない。

以上

(2022/6/14)