Contents
イタリア~田中英道先生追悼の旅
昨年(2024年)、最後のヨーロッパ旅行と称してスイスハイキング旅行3に行ったのだが、今年は春の連休に慢性硬膜下血腫で入院・手術するということがあり、いよいよ本当に最後かもしれないということでヨーロッパに再チャレンジした。行き先はなんとなくイングリッシュガーデンのイギリスなどと思ってはいたのだが、イギリスの政治状況が思わしくなく、左翼グローバリスト政権下で移民増加による犯罪も増加しているため、保守メローニ首相のもとに存在感を増しているイタリアにすることにした。無論、そういうことは別としてヨーロッパ美術の源流であるイタリア、私が慢性硬膜下血腫で手術をしたその日(令和7年4月30日)に、急性硬膜下血腫で逝去された国際美術史学会(CIHA: Comité international dʼhistoire de lʼ art)前副会長である田中英道先生がシスティーナ礼拝堂の天井画修復に立ち会われた、そのシスティーナ礼拝堂をこの目で見たい、というのが決定的な動機である。
本旅行の写真、動画は私のYouTubeチャンネル(おじさん工房)にイタリア旅行ローマ・フィレンツェとしてアップ済みなのでそちらを見ていただくことにして、本稿では、現地のイタリア美術を見ながら、田中英道先生の研究成果を偲びたい。
なお、旅の日程概要を参考のため以下に示す。

事前学習
当ホームページの御朱印集め(神社巡り)のなかで、日本の神話、古代史について田中英道先生の論を紹介し、また先生の訪れられた神社、遺跡の聖地探訪を紹介して来たが、これらは先生の後半生の研究成果に関わるもので、先生の前半生は、西洋美術研究に捧げられている。そこで、これまで先生の西洋美術研究に関してはほとんど何も知らなかったので、今回イタリア旅行を行うにあたり付け焼刃ではあるが5冊読んでいった。先生が4月30日に亡くなられたため、先生の前半生における著書は基本的に絶版で古本でも売り切れて入手できなくなる可能性があると考え、あるものを手当たり次第というか、イタリア旅行前に読めそうな範囲でイタリア美術、レオナルド、ミケランジェロに関わる書物を5冊をすべて古本で入手した。
1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 (岩崎美術選書) 田中英道著

2)美術にみるヨーロッパ精神(弓立社 ゆだちしゃ) 田中英道著

3)レオナルド・ダ・ヴィンチの世界像(東北大学出版会) 田中英道著

4)レオナルド・ダ・ヴィンチ 芸術と生涯 (講談社学術文庫 1013) 田中英道著

5)ミケランジェロ (講談社学術文庫 967) 田中英道著

システィーナ礼拝堂
バチカン市美術館、システィーナ礼拝堂、サン・ピエトロ大聖堂を日本語ガイドさんが午前半日で案内してくれるローマでの現地オプショナルツアーを予約して行ったが、肝心のシスティーナ礼拝堂は写真撮影、動画撮影禁止のためパネルで紹介する。
システィーナ礼拝堂内部
今年、コンクラーヴェ(教皇選挙)が行われたところだ。ここは礼拝堂なので、ガイドさんによる音声ガイドも禁止で、約20分間ほど、天井画や壁画を鑑賞して過ごす。

最後の審判(ミケランジェロ) 壁画

前掲書 1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 P.355を引用すると、全体が中央上のキリストを中心に左に上昇し、右に下降していく渦巻の運動を感じさせ、これまでの同主題画における静的な階層構造と異なっている、とのことである。
天井画(ミケランジェロ)

この最後の審判(壁画)と天井画は、田中英道先生がシスティーナ礼拝堂における修復の際(1970年代~1980年頃)、足場に登って長期間修復作業に立ち会われた対象である。1536年~1542年に描かれた絵であり、当時は照明といえば蝋燭の灯りしかなかったので20世紀の世には煤だらけになっていた。これを何とかしたいという話を当時、日本テレビの社長が聞きつけて、うちが修復費用を出す、その代わりに日本人の研究者を立ち会わせてほしい、ということで田中英道先生が立ち会われたのだ。
そのような重要な場所であるのに、見るだけで写真も撮れないのではなかなか記憶に残すことがむずかしいので、最後の審判のジグソーパズルを買ってくることが私にとってこの旅の重要な使命にになっていた。美術館、博物館の土産物屋はだいたい見終わって出たところにあるもので、今回は、バチカン美術館→システィーナ礼拝堂→サン・ピエトロ大聖堂の一方通行順路で、サン・ピエトロ大聖堂に特別ルートで行かない場合は美術館入口近くにある出口近くの土産物売り場が利用できるのだが、美術館入場直後のトイレ休憩兼最初のガイドさんの説明場所のすぐそばに土産物売り場があり、そこで目的のジグソーパズルが売っていたのだ。最初に買うと荷物になるので、我々の出たところにもありますよね?と聞いたところ、いまあるなら買った方がいいというので買えないと最悪なのでここで買った。
因みにサン・ピエトロ大聖堂を出る手前にある土産物売り場は狭くて満員電車なみの混雑で、レジが2か所しかないうえ、正午になると昼休みを取るためにレジを1か所クローズするという日本では信じられないような対応で、妻はここでピエタの置物を買うのに30分以上並んだうえに待っていた私とはぐれてしまうということがあった。そこにはこのジグソーパズルは売っていなかった。
しかし、大聖堂を出たすぐ右側にある郵便局の隣の土産物屋はそこまで混んでおらず、このジグソーパズルも売っていた。ちなみ本旅行中ローマ市内の店でこのジグソーパズルには出会わなかった。
最後の審判ジグソーパズル
帰国後1週間ほどしてから開始し、妻と二人で空いてる時間はほぼこれだけにかかりっきりで正味1週間かかって完成した。正直言ってこれまでで最難関だった。

枠だけようやくできた。

あと少し。大詰めだ。

完成、のはずが1ピース足りない!欠品なのか、やっている最中になくしたのかは不明。

ないピースの形を鉛筆で写し取り、

厚紙の代わりに段ボールを彫刻刀でくり抜き、

箱を写真撮影したものを画像処理ソフトでデジタルノイズ除去し、

インクジェットプリンタで写真紙に印刷し、カッターと彫刻刀で切り出す。

台紙と貼り合わせて、欠品の位置に嵌めこめば、ぱっと見にはわからないくらいにできた。
完成!

田中英道先生が30年以上前に修復に立ち会われたシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」壁画をジグソーパズルではあるが、1ピース足りないものを修復でき、先生が急性硬膜下血腫で亡くなった日に私が慢性硬膜下血腫の手術で生還したことことと合わせて、少なからぬ縁と満足感を勝手に感じる次第である。
また、年に1回、ジグソーパズルを夫婦で長時間にわたり力を合わせて作る意義もあるので試してみてはいかがだろうか。
いまこのブログを書いていて気が付いたのだが、美術館の外に設置されていたパネルには、私のジグソーパズルにはない人物がいることがわかった。1週間にらめっこしていたので、いない人物がいるとすぐにわかるのだ。それは壁画右下の地獄でへびが巻き付いたような人物だ。これはジグソーパズルでは右端の何パーセントかがカットされていたのだ。そう気が付いて見てみると左端も何パーセントかはカットされている。上下はカットされていない。
あと、やっていて気になったのは「さるまた穿かせ」である。前掲書 2)美術にみるヨーロッパ精神 P.174を引用すると、ミケランジェロにとって裸体とは人間の真実をあらわすものであり、一般的な意味での罪としての肉体の意味を超えたものであった。「最後の審判」の救われた人にあっても、人間ばかりではなく天国にいる聖者たち、さらにはキリスト自身にいたるまで裸体で描く必要があると考えていた。「最後の審判」の独自性はこのような人間の真実性の追究であり、人間界の出来事の止揚ともいうべきものなのである。中略。ヴァザーリが伝えるには、法王の式部長官がミケランジェロの制作中に、このような裸体の多い作品は法王の礼拝堂には適さぬ、、、といった。中略。彼を非難したのは芸術を解さぬ律儀な宗教家か役人か彼の名声に嫉妬ししている人びとだったのである。。。その急先鋒がピエトロ・アレンティーノという文筆家で、、、制作当時からミケランジェロに手紙をおくり、作品構想を指示したり、返礼にデッサンを所望したりし、つれなく当たられたと思うと攻撃に転じ、「最後の審判」の裸体画を非難した。中略 「さるまた穿かせ」(ブラゲットニー)というあだ名を与えられて、ダニエㇽラ・ダ・ヴォルテッラ、ダ・ファーノ、そしてカルネヴァーリ、ネッビアといった画家たちが、三十六人もの裸体に布を付ける仕事に従事した。後の二人はミケランジェロの死後、続けた人であり、さらに十八世紀にはポッツィという画家がなおも続けたのである。
ということで腰布のピースが見つかるたびにこれはさるまた穿かせの仕業と思うとよい気がしない。なお、ジグソーパズルの範囲内でさるまたを穿かせられていない人物はひとりだけだったので、どれだ?ちんちんどこ行った?と力を入れて探したものである。
また、この絵には500人ほどの人物が描かれているそうで、何も描かれていない空の面積はそう多くないため1000ピースあるとはいえそんなに難しくないのではないかと考えていた。ある程度以上大きく描かれていいる人物は基本的に裸体なので、太ももやふくらはぎなど脚は比較的わかりやすい。しかし胸や腹はどんなに爺さんであっても何段にも筋肉が分割されているようすが描きだされていて、これは誰の胸肉なのというのが非常にわかりにくく、最後にとにかくピースの形であてはめるという力業でなんとか完成した。もも肉、むね肉と鶏肉扱いで大騒ぎしてやったが、これを全部ひとりで描き分けたミケランジェロは天才である。弟子にやらせるより自分がやった方が早いということでほとんど自分で描いたそうだ。
サン・ピエトロ大聖堂
クーポラの遠景。

コンクラーヴェ(教皇選挙)のあと、教皇が挨拶するバルコニー

前掲書 1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 P.362によると、ミケランジェロの「サン・ピエトロ大教会堂」の建築は、サンガルロの没後、彼がヴァチカンの建築監督となって始められたものである。円と球という「神」(完全性)をあらわす形に正方形を組み合わせた集中式の教会がブラマンテのテンピエット(1502年)によって作られ、、、、これがラファエルロの吟味、、、サンガルロの変更を経て、ミケランジェロがブランマンテ案まで戻し、窓の光を考慮して明快で単純なものにした。そして縦長式にも可能とある玄関のファサードを作った。とのことである。

バルダッキーノ(天蓋)
ピエタ像
前掲書 1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 P.341を引用すると、ピエタ(1489-1500年)こそ彼(ミケランジェロ)の初期の代表作に他ならない。それは、マリアとキリストだけの、まるで恋人を抱く女性といった姿である。中略。ある種の完璧ともいえる清浄感をたたえたピエタ像は、晩年の苦悩と疲れをもったそれと全く対照的なのである。

フィレンツェ ウッフィッツィ美術館
三王礼拝図
本作品については、前掲書 3)レオナルド・ダ・ヴィンチの世界像 の第一章 『三王礼拝』図と二重人物像 (P.6~P.36)からごく一部を引用して紹介する。この作品はレオナルド・ダ・ヴィンチの初期の作品で、1481年3月から9月まで約7か月間、レオナルドはこの作品に取り組んでいたことになるが、途中で中止されている。

田中英道先生は本書のなかで、「二重人物」ということを指摘している。
たとえば、下図のaで「私たちはまさしくほとんど似た顔の若者が、左は白っぽく、右は影のように重なって、聖母子の方を眺めているのを見いだす、という。このような例をb,c,d,eと次々と指摘している。そして合計十四組28人の人物が二重人物像として描かれており、前面に描かれている人物の数が、聖母子を除いて32人であると考えれば、そのうちの28人が二重人物を構成することになる。
二重人物の意味について、田中英道先生が試論を述べており、それをここで簡単に要約することは難しいが、二人の現実の人間が寄り添っている姿であり、レオナルドが自分の身についた哲学として、人間のある理想状態をあらわすために描いたに違いない、と述べることはできよう、としている。

ウッフィッツィ美術館訪問前に、所蔵されているレオナルドの絵に関する田中英道先生の論文を読んでいったおかげで、これまでとは違う絵の見方をすることができてよかった。
受胎告知
前掲書 3)レオナルド・ダ・ヴィンチの世界像 P.230 で、最初の構図からレオナルドが行ったものではないが、細部はレオナルドが仕上げており、レオナルドの筆になることは間違いないだろう、とされている。絵をみただけでそのようなことが言えるとはすごい。因みに先生は、絵の鑑定を依頼されることもあったそうだ。

春
メディチ家の宮廷画家であったボッティチェルリが描いた名高い「春」。こちらはウッフィッツィ美術館の土産物売り場でジグソーパズルになっていたので買ってきた。作るのが楽しみである。

ヴィーナスの誕生
前掲書 1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 P.239によるとボッティチェルリのこの作品は、上述の「春」と一対をなすものである。こちらが天上のヴィーナス、春は地上のヴィーナスである。

「春」のジグソーパズル
(本項は、2025/9/9追記)
前述したボッティチェルリ作「春」のジグソーパズルが完成した。これは正味5日間ででき、最後の審判よりは楽だった。
これもよく見ると、本物の絵と比べて、左右が少しカットされていることがわかる。本作ではヴィーナや女神たちが大きく描かれており、裸体に薄物がまとった姿がとても美しく、やっていて楽しい、目の保養にもなるパズルであった。
前掲書 1)イタリア美術史: 東洋から見た西洋美術の中心 P.236から本作の解説を少し引用する。右からゼフェロスは不毛の大地であるクロリュスを追いかけて捕え、彼女を春というフローラ像に変える。中央にはヴィーナスがいて、その頭上にはキュピッドが飛翔し三美神の中央のひとりをめがけて矢を射ている。その三美神の中央の女神は「貞節」の擬人像で俗的世界に背を向けている。その女神が眼をやっているのが左端のメルクリウスで、彼はすべてに背を向けて杖を振り上げ、雲の最後の一片を追い払っている。これはネオ・プラトニスム的な神聖な愛の高みに到達しなければならない地上の愛を象徴しているのである。これらの解釈についてはワーブルク派の研究(ワーブルク、ウィント、ゴンブリッジ)によるところが多い。中略。フローラの衣装の図柄として描かれる六十に及ぶ花模様は、ポリツィアーニの言葉《彼女は美しい。バラと花と植物で描かれた彼女の衣は美しい》の句をまさに絵画的に表現したもので、ヒヤシンス、すみれ、百合、つるにちそう、くわがた草、さらにいちはつの花など正確に描かれ、ボッティチェルリ自身、花模様の刺繍や壁掛けのデザインを行っていたことを窺がわせる。
バッカス
カラバッジョが描いたバッカスは、顔だけ見ると女性的だが、なぜか惹きつけられる一枚である。

ダヴィデ像
フィレンツェ・シニョリーア広場に置かれているミケランジェロのダヴィデ像だがこれは模造品で本物はアカデミア美術館に移設されている。この場所は市当局の政治的な意向で決められたもので、本物が長く置かれていた場所であろうから、アカデミア美術館で本物を見るより、こちらの方が見るのにふさわしいと言えなくもない。
前掲書 5)ミケランジェロ (講談社学術文庫 967) P.135~を引用する。
ミケランジェロはなぜ「ダヴィデ」を、ペリシテびとゴリアテに勝利した姿として表現せずにこのように戦う前の姿としてあらわしたか。中略 戦う前のダヴィデは、きびしく左方を見ながら右手に石を握っている。この緊張した立てる姿は、すでに倒したゴリアテの首を踏みつけるダヴィデよりはるかに大きくゴリアテを意識している姿といってよいであろう。まだ勝つか負けるかわからないのである。

コロッセオ


古代ローマの遺跡であるコロッセオにも行った。田中英道先生は生前よくおっしゃっていたが、ローマにあるのは遺跡であり、生活の場や信仰の場として現代につながっていない。ところが日本では二千年も前に創建された神社がいまでも存続し信仰の場として、あるいは初詣やいろんなお参りやで人々に親しまれている。そこが日本の素晴らしいところであると。
以上
(2025/9/3)