御朱印集め(78) 新日吉神宮
京都市東山区東山七条に鎮座する新日吉神宮(いまひえじんぐう)に参拝した。神宮なのにタクシーで名前を言ってもわからない、前日に行った水無瀬神宮と同様静かな佇まいである。

タクシーの運転手さんに、日本には神宮が全部で25社あって、あと3社(訂正:この時点ではあと4社の誤りだった)で全て参拝になるので、あまり有名でない神宮を訪問しようとしているという話をしたら、神宮には格があって、鹿島神宮と香取神宮は格が高いというではないか。田中英道先生によると云々、、、、そこで私たちが敬愛する田中英道先生が登場するとは!
私たちは関東なので鹿島神宮と香取神宮は最初に行ってるんですと言い、その後何を話したか同好の士と巡り合った喜びで正確には覚えていないが、日本建国のときに鹿島立ちをして九州に渡り、鹿児島というのは鹿島の子だから鹿児島と呼ぶという田中英道先生のお話を互いにして大変盛り上がった。運転手さんは、天と海はともに「あま」で同じ意味であるということを言い、私は九州の天降川(あもりがわ)のことを思い出しながらその話を聞き、また太秦(うずまさ)に住んでいるというので、ああ、あの(ユダヤ人の)秦氏の(はたし)の太秦ですねと応じ、出身は青森だというので、青森の三内丸山遺跡は私も行きました、青森にはキリストの墓と言われていることろがありますねと言うと、そうです、戸来村(へらいむら)です、それはヘブライに通じるといいますね、ということでツーといえばカーと応じる至福の時間であった。
さらに運転手さんは、田中英道先生は先日亡くなられたが、国史学会を立ち上げられ、皇統のお話などをされてきたがすべて腑に落ちるとか、卑弥呼はいなかったなど話され、ひとつひとつこちらも大きく頷きながら鹿児島神宮のそばにある(昭和になってできた)卑弥呼神社には行って来ましたなど応じたものだ。
そして田中英道先生が急性硬膜下血腫で亡くなったのと同じ(令和7年)4月30日に奇しくも私は慢性硬膜下血腫であることがわかり緊急入院・手術を受け命を繋ぎとめたので、亡くなられた先生が私を生かしてくれたような感慨をあらたにしたものであった。もちろん先生は私のことなど知らないので、これは私の勝手な思い込みであるが。
そもそも京都駅前から新日吉神宮のある東山七条に行くため86系統のバスに乗るには乗ったが逆方向で梅小路公園(鉄道博物館のあるところ)に行ってしまい、別のバスで京都駅に戻り、時間をロスしたので、遅れを挽回しようと京都駅ロータリーから出ようとしていたタクシーを見つけて乗ったのが奇遇だったと言えるが、このタクシー内でも会話は私のなかでは今回の旅のハイライトであった。
御由緒

御祭神
本殿 第七十七代 後白河天皇
山王七社 大山咋命(おおやまくいのみこと)・・・日枝の山(比叡山)の大神
大己貴命(おおなむちのみこと) ・・・大国主命(おおくにぬしのみこと=出雲の神様)と同一神
他五柱
境内
(一の)鳥居
(二の)鳥居と楼門
本殿
飛梅天満宮
神楽殿
御朱印

京都生命科学研究所 第1回総会&演奏会
同日午後、元京都大学准教授の宮沢孝幸先生が設立した一般財団法人京都生命科学研究所の第1回総会と、先生の趣味であるピアノ演奏会に出席した。京都コンサートホールである。



宮沢孝幸先生のピアノ演奏は、ベートーヴェン作曲ピアノソナタ月光第一楽章と、同悲愴第二楽章で、悲愴第二楽章は私も昨年オンラインピアノコンクールで取り組んだ曲なので非常に興味を持って聴かせていただいた。一流のウイルス学者なので、流石度胸がすわっているのか、緊張したといいながらもノーミスで心のこもった素晴らしい演奏だった。
なお、昨年5月には宮沢孝幸先生の京都大学最終講義を聴きに京都を訪れ、その際のことは白峯神宮の最後に記しているのでご興味のある方は見ていただければ幸いである。
以上
(2025/7/15)


