旅行記

台湾旅行

台湾旅行

 年末年始(2023/12/30~2024/1/2)に台湾旅行に行った。海外旅行は、中国発祥の新型コロナウイルスによるCOVID-19流行のために4年半ぶりである。台北には、以前仕事で数度出張したことがあるが、観光は初めてだ。

第1日

 EVA航空 BR189便で羽田から台北松山空港へ。B787型機で、エコノミークラスの座席配列は3-4-3、かなりシートの横幅は狭い。通路もやや身体を斜めにして歩く感じ。順調に午後1時過ぎ到着。ホテルへは、MRTと呼ばれる電車で向かうため、まずは空港駅(松山機場駅)の窓口で悠遊卡(ヨーヨーカー)を入手する。日本のSUICAのような交通カードで買い物にも使える。

 カード裏面の説明は、以下のとおりで、このカード代は100台湾元(1台湾元は、旅行当時約4.7円)で、売り切り。これに300元のチャージを行い、400元支払った。

 空港を通る路線は、MRT文湖線で、この軌道は普通のレールではなく、また車両の幅はJR在来線の車両より狭かった。

 南京復興駅でMRT松山新店線に乗り換え、中山駅で下車。地上に出ると三越デパート(新光三越南西店)があった。ホテルまではここからスーツケースを引きずって10分ほど。台北の街を走っているクルマが日本車が多く、なかでもトヨタ車はよく目につく。タクシーも乗ったのは全てトヨタ車だったと思う。

台北晶華酒店の大浴場

 ホテルは、台北晶華酒店(Regent Taipei)で、外観はふつうだが、中は豪華だった。写真の写り具合で玄関の幅が狭く見えるが、実際には広々としている。 

 地下三階に大浴場があるとスタッフ(日本人)の人から紹介されたので、海外では珍しいため裸で入る男女別の風呂なのか水着で入る混浴施設か尋ねたところ、前者とのことだった。日本と同じですね?と確認したら同じとの回答だったので妻と二人で行ってみた。受付で番号のついた腕輪をくれたので男女別の脱衣場に入ると恐らく百を越える多数のロッカーが。最初に目についたのはテンキー付きのタイプだがどれも開かない。奥の方にテンキーなしのタイプがあったがこれも開かず、受付に使い方を聞きに行ったら腕輪を見て4番のロッカーですと言われ、さらに中で案内の人が来るから待つようにと。あまりにも多くのロッカーがあるため、自分の腕輪の番号に記された4がロッカーの番号と結びつかなかったのだが、中で案内の人から入口の下駄箱で靴を入れ、サンダル消毒ケースからサンダルを取り出し、4番のロッカーがあるので奥に進んでくださいと案内された。腕輪で4番ロッカーのノブにタッチで開けて脱衣していたらタオルも持ってきてくれ、まずシャワー室で身体を洗ってください、と丁寧な応対だった。
 浴室に入ると、4畳半くらいの大きさの浴槽が4つほどあるが、湯が入っているのは真ん中のひとつで、あとは水風呂。というのはここはサウナがメインの施設だったからだ。しかし、水風呂に入っている人はおらず4、5名が熱い風呂につかりけっこう混んでいた。とはいえ、浴槽内面の腰掛に座っても肩が十分つかる深さなので湯の量が多くなかなか快適。ただ、浴室の床面から浴槽の縁までの高さが高く、かつ縁の幅が40cmくらいと広いため入るのが結構大変だった。二度目に行ったときに見たらいったん縁に腰掛けてから入るようにという説明図が掲示されていた。ロッカーといい、浴槽といい微妙に衝撃の異文化体験ができた。これが中国ならもっと身構えて臨むところだが、台湾は民主主義国でしかも親日国ということで基本的に身構えていなかったが、台湾もなかなか甘くない、と久々の海外旅行で感じたものだ。

三越デパートの欣葉

 入浴後少し休んでから夕食を食べに、先ほどの三越デパートへ。道路を挟んで両側にあるが、最初に入った方(前掲の写真)は地下にフードコートしかなく、目指す欣葉(シンイエ)という台湾料理店は反対側の方にあることがわかり、夕方5時15分頃だったが、混む前にと思って最上階のレストランフロア(8階あたり)へ行った。

 受付でたずねると、1時間半待ち、6時40分くらいになるとのことで、地下の食料品売り場で時間をつぶすことに。お土産用のパイナップルケーキやお茶(阿里山烏龍茶や、凍頂烏龍茶など)を見るが、高い!台湾元にだいたい5をかけると日本円になるのでいちいち暗算しては高すぎる、と慨嘆。このデパートは日本で言えば東京の銀座4丁目に立っている三越のようなものだから高いのは当然とも言えるが、30年間経済成長しなかった日本の円安のせいでもある。

 現在の円安は、輸入品の価格が上がると言う点ではよくないが、全体の税収入が上がっていることを見れば悪いことではない。何せ日本は戦後1ドル=360円が高度経済成長の一因であったのだから。しかし、バブル崩壊後の財務省の30年にわたる緊縮財政政策のせいで、世界中を見回しても日本人の給料だけが上がらなかった。給料が上がらなかった日本人が海外旅行をして給料が上がっている海外の物価が高いと感じるのは当然のことである。アベノミクスのおかげでようやく景気回復しようとすると財務省が消費税増を強要し、その度に景気は腰折れし、コロナ流行で後退し、財務省と戦ってきた安倍さん暗殺で日本の経済成長には期待が見えない。

 さて、ひととおり見て上に戻るとほぼ予定の時間に呼ばれた。

 まずは、トコブシ(アワビの小ぶりになったような貝)。

 

 妻が注文しようとした海老コロッケはないと言われたので揚げイカ団子と、メインはワタリガニのおこわ(紅蟳米::ホンシュンミーガオ)でどちらも美味。

 切り干し大根入りの卵焼き(菜脯蛋:ツァイプーダン)は素朴な家庭料理の味で、帰国後に妻が作ってみた。

 鶏肉としいたけのスープは、あっさりしていた。中国のスープは濃厚だったが、台湾はこの後どこで食しても塩分控えめで、高血圧予備軍の私には身体にやさしくてよかった。

 レストランの窓から大通りを見下ろす。

 夜の街。中国は奇抜な外観の高層ビルが多く、またこのような商業エリアのイルミネーションは垢抜けない感じだったが、台湾は高層ビルは少なく、少し前の日本の都会的で、イルミネーションの色調も日本に似て上品な感じである。

 

第2日

 ホテルの朝食、ビュッフェでの一皿目。おにぎりのようなものが飯糰(ファントゥアン)で、目の前で握ってくれる。いろんな具が入っていて、これはこれで美味しかったのだが、ホテルのものは外国人向けに上品なものになっていたようで、ガイドブックに載っていた屋台風のものとはちょっとイメージが違った。スープはやはりあっさりしていた。

 中山駅からMRT淡水信義線に乗って士林駅へ向かう。こういう地下鉄の駅の感じも、中国の冷たい感じと違って日本の地下鉄に似ている。中国では地下鉄に乗る時にしばしばX線の荷物検査機に通す必要があり監視要員がいたが、そういう緊張感は必要とされない。因みにコンビニのファミリーマートをのぞいてみたが、弁当的なものの値段は日本のコンビニで売っている弁当の値段と日本円換算でだいたい同じだった。

 士林駅で降り、路線バスで故宮博物院に向かう。路線バスも悠遊卡(ヨーヨーカー)を持っているおかげでいくらか気にする必要もなく、乗るバスさえ間違えなければ乗るのは難しくない。

故宮博物院

 天下為公、天下は公の為に、という孫文の言葉が扁額にかかっている。孫文のこの言葉に込めた思いは嘘ではなかったのだろうが、中国の役所の壁に大仰にかけられている言葉は、いまひとつひとつを思い出すことはできないが、誠実とか、奉仕とか、およそやっていることと反対のことばかりが書かれていたように思う。

 中国・北京の故宮に行ったときは、建物だけはたくさんあるが、宝物が展示されていた記憶はない。蒋介石率いる国民党が毛沢東率いる共産党に敗れて台湾に逃げて来たときに故宮にあった全ての財宝を台湾に運び込んだからだということは知っていたが、今回、台湾の国立故宮博物院を見て、よくこれだけたくさんのものを敗走のさなかに持ってきたものだと感心し、半ばあきれた。中国ではあまりまともな仏像なども見たことがなく、粗い石彫のものが庭園に置かれていたような記憶しかないが、ここにはあった。

 工芸品・美術品類も精緻なものが数多く展示されていた。

 台湾のガイドブックを見ると、故宮博物院の一番の見ものは翡翠で作った白菜と豚の角煮、などと書かれており、そんなものなら北京の土産物屋でよく売っていたし、それを見るために行くのはあほらしいと思っていたが、3階のそれらが展示されているべきところに行ったら、台湾の南部のどこかに貸し出されていてなかった。しかし、それら以外に見るべきものがたくさんあったのがよかった。

 

 帰国後、このところ台湾華語(台湾では中国語のことをこう呼ぶ)をオンラインで教えてもらっている台湾人の先生に、台湾の人は故宮博物院の財宝を見てどのように感じるのかを聞いてみた。すると大変興味深い回答が得られた。先生は現在40歳代くらいと思われる本省人(蒋介石が台湾に来る以前から台湾に住んでいる人)だが、自分は子どものころは中国人だと思っており、故宮博物院のものはすごい、素晴らしい、と思っていた、しかし大人になって物事がわかってくると、自分たちのものではないわけだし、ふーん、別に、関係ないと思うようになったそうだ。

 外省人(戦後、蒋介石と一緒に大陸から渡ってきた人たち)はどうなのか聞くと、一世の人たちは故郷を懐かしみ素晴らしいと思う気持ちがあるかもしれないが、二世、三世になると自分たちとそう変わらす、あまり関心ないのではないか、ということだった。たった一人の意見なので、皆が同じではないかもしれないが、私としても、中国はいつ台湾に侵攻してくるかわからないわけで、その中国にあった財宝を台湾の人がそう有難がることはないのではないかと考えていただけに半ば予想した回答ではあった。

 中国は台湾統一を目指していいるが、これはもしかしたら、北京の故宮の財宝を奪われたことを非常に恨みに思っているせいかもしれず、台湾人に故宮博物院の財宝に特に関心がないなら、全部返すから台湾統一をあきらめろ、と言ってみたらどうかと試しに聞いてみたが、あり得ない、とのことだった。なぜなら中国人は台湾と台湾にある全てのものは自分のものだ、と思っているからだとのことだった。台湾が中国(中華人民共和国)の一部であったことは、かつて一度もないのに台湾の全てが自分のものだと考えている中国共産党の考えは理解を超えている。

 

東門(永康街)

 故宮博物院で歩き疲れたので、タクシーで東門周辺の繁華街に来た。

 昼食を食べようと思っていた小籠包の鼎泰豐(ディンタイフォン)はテークアウト専用店になっていたので、やはりガイドブックで候補に入れていた奇福扁食(チーフービエンシー)という軽く麺だけを食べられそうな店に入った。

 海老ワンタンメン、90元(400円強)。これもあっさりスープで美味しく頂いた。

 永康街(ヨンカンジエ)で買い物。妻に引きずり回されてふらふらになる。お目当てはパイナップルケーキ、お茶、石鹸、文房具など。昨夜の三越デパートよりはこの辺りの方がだいぶ安い。

 

台湾総統府

 もう疲れて来て、このあともすべてタクシー移動。「総統府(ゾントンフウ)」が通じない。聽不懂(聴き取れません)と言われる。蔡英文総統知ってる?知ってる。その蔡英文総統の総統府、といってもわからない。やむを得ず書いたものを見せた。ああ、総統府ね、ゾントンフウだよ、と言われたけど、だからゾントンフウと言ってるじゃないか、という感じで、もしかしたら国民党支持の運転手で民進党の蔡英文総統が嫌いなのでいじわるされたか(笑)?帰国後に台湾華語の先生に総統府と言ったは通じたのだけど。。

 この総統府の建物は日本統治時代に建てられたもので、いまでもその時代に設置されたエレベータが1台動いているということだ。中には入れなかった。1月13日実施の台湾総統選、立法委員選のための集会はこの日はなく静かだった。

 台北市内では、日本の選挙のような立て看板は見なかったが、日本の繁華街でときおり見かける箱型の荷室の側面全体が電光スクリーンになっているトラックを見かけ、これに政治家の写真を大写しにしながら走っていた。また、第3日にバスで九份ツァーに行ったとき、郊外の町ではたたみ6畳か8畳もありそうな、大看板に総裁候補の頼清徳氏とおそらく地元の立法委員候補であろう女性候補のツーショット写真の大看板が掲示されているのが車窓から見えた。日本のように小さな看板は見なかった。

 

二二八国家紀念館

 二二八紀念館は二つあり、台北二二八紀念館の方が充実しているように感じたのでそちらに行く計画だったが、臨時休業となっていたのでこちらに来た。

 二二八紀念館というのは、日本の敗戦で日本の台湾統治が終わり、国民党の蒋介石が台湾にやってきた後、1947年2月28日の夜、闇タバコの取り締まりを巡って発生した流血事件をきっかけに、民衆側が蒋介石政権側に抗議し、これを政権側が鎮圧するために多くの民衆、とりわけ日本統治下で日本の教育を受けた知識人を中心に多くの人が虐殺された事件の歴史を残すための施設である。

金品茶楼

 夕食は1日目に行った三越デパートの地下1階の小籠包の鼎泰豐(ディンタイフォン)が超混雑で並んでいたので、鼎泰豐と同様のものが食べられそうなホテル近くのやや静かな通り沿いにある金品茶楼(ジンピンチャーロウ)に開店直後の夕方5時過ぎに行った。ここでは、すぐに席に案内された。

 炒飯などのご飯ものを除いて、最初に全部注文したら、最初に豚の角煮が来てしまった。これは10cm角くらいの大きさなので2人で食べられるかと2回くらい念を押されたけど、これは食べるつもりで来たので注文したものだ。角煮のほかに、肉まんの皮のようなハンバーガーのパンのような形のものが蒸篭のなかに大量に入っていて、これにハンバーガーのように挟んで食べるのだという。最初の一切れはそうやって食べたが、全部そうやって食べるとすぐに腹がふくれるのであとは肉だけ食べた。妻が脂っぽいものは食べたくないというのを一切れは食べてもらってほぼ全部をなんとか食べきった。3, 4人でくればひとり1,2切れでちょうどよいが、シニア夫婦2人で品数をたくさん注文すると食べるのが大変。

 海老シュウマイ。

 肉まんを注文したけれどなかったので野菜まん。

 小籠包。これは最初に出してほしかったのに最後に来た。

 だいたい食べ終わって妻がトイレに立っている間に通りかかった人(お客さん)が、テーブル上のビール瓶を引っかけて倒してしまい、残っていたビールが派手にテーブルから椅子まで流れ出てしまった。店員さんがやって来て、新しいビールに取り換えるというので、もう食べ終わったからいいです、と言ったら、ではこのビール代は引いておきます、ということですぐに椅子も取り換え、なかなか行き届いた対応だった。

寧夏夜市

 満腹だけれど、台北名物の夜市のひとつである寧夏(ニンシャー)夜市まで徒歩15分か20分かけて歩いて行った。

  

 子どもの遊びも昔の遊びと電子的な仕掛けが融合したような感じで、面白そう。

 

 スイカ汁。こういうものや、他にもマンゴーかき氷みたいなものも夏ならデザートに食べてもいいけど冬はちょっと。

 中国風の看板。

 買ったものは、こういうテーブルで食べる。なかなか慣れてないと場所を確保して食べるのは難しそう。

 反対向きに歩いて来たが、ここが寧夏夜市の入り口。この近くからタクシーを拾ってホテルに帰った。

 

新年花火

 ホテル屋上にあるプールを見に来た。誰も入っていなかった。

 水温は29℃もあるので温水プールである。気温19℃は昼間の気温と思うが、夜は、プールに入るような気温ではないと思われる。

 深夜0時になると、新年の花火が台北101ビルから打ち上げられる。

 

第3日

 この日は、JTB海外現地オプショナルツアー「ローカル列車平渓線と天燈上げ・じっくり九ふん観光」に参加した。集合場所がMTR雙連駅から徒歩5分のところのLet’s Cafe PLUS中山店前だったので、まず駅までホテルから15分くらいかかって歩き、その辺りにないので改めてGoogleMapで調べ直すと行ったのとは別の道路でホテルの方にだいぶ戻ったところで、これならまっすぐ来れば7,8分で来れた場所だった。 

 8時集合のところを15分くらい前に着いたのだが、トイレを借りようとセブンイレブンに入ったら、日本と違ってトイレはなく、大通りの交差点の斜め向いの病院にあると言う。そこまで行き、入ろうとするとマスクしてください、ないならそこの自販機で売ってますと言われ、マスク着用し中に入ると朝早いがもうやっていた。看護師さんに見とがめられすみません、トイレどこですかと言ってそそくさとトイレを使わせていただいた。集合場所に戻ると1分前でガイドさんが待っていてすぐにバスに乗り込んだ。

十份

 バスで高速道路も利用し、約1時間で十份(じゅうふん)に着いた。

 ここでは天燈(ランタン)上げのアクティビティがあり、天燈の色を赤、白、緑、黄などの中から選び、願い事を4面に書いて熱気球のようにして空にあげるのだ。まず対面する2面に書き終わるとお店の人がまだ書かれてない折りたたまれていた面を出してくれる。私たちは漢字なので簡単だが、タイの人や韓国の人は表音文字なので1行20文字×15行くらいびっしり書いていた。

 書き終わったら、布を広げて天燈を立体的な形にし(内部には骨組みが入っている)、下部に仕込まれた薪に火をつけてくれる。

 合図にしたがって手を放すと天燈は勢いよく空に上がって行く。これをお店の人が動画で撮影してくれる。

 墨汁が手や衣服につかないように注意していたが、終わったら指に多少ついていたので、洗面所で洗ったら簡単にきれいになったので、墨汁ではなく水性の塗料だったようだ。

 天燈が落ちて山火事になったりしないのか気になってガイドさんに聞いてみたが、この辺りは雨が多く、地面が湿っぽいので大丈夫だそうだ。また、薪は消えてから落ちるのでその点でも安全なようだ。待ち時間に土産物屋でLED内蔵の天燈のミニチュアが売っていたので、買おうとしてレジに持っていったが、店員さんはスマホを見ていて、全然客の相手をする気がなく、愛想もなかった。台北の街中と、山の中の観光地とはちょっと違う感じだ。

 天燈上げが終わると、平渓線列車の発車時刻に合わせて、十份駅に移動する。線路の幅は、日本の在来線(狭軌:1067mm)より広く見えたので、標準軌(1435mm)かと思ったが、帰国後調べたら、Wikipediaによれば、狭軌だそうだ。日本統治時代に敷設されたので、日本の在来線と同じなのはそうだと思うのだが。天燈上げをした辺りの線路は、枕木が砂利で埋まっていたので広く見えたのだろうか。あるいは、1本のレール自体の幅が現在の日本のレールより狭くて、軌道幅が広く見えたのか。

 列車は気動車。ヨーロッパの鉄道はいかにもヨーロッパ的外観だが、これは日本の鉄道とよく似ている。台湾製とのこと。

 空いていたので運転台の横から動画を撮影。

 これが台湾鉄路公司の切符。19元なので約90円、20分は乗ったのでずいぶん安い。物の値段は別として、交通機関はMTRもバスも日本に比べて安い。

九份

 平渓線を瑞芳駅で降り、路線バスで九份(きゅうふん)まで来た。

 バスを降りてから下のJTBさんの絵地図にある軽便路から豎崎路の階段の途中まで空いたわりと平坦な道を歩く。

 途中に展望台があり、海が近いことがわかる。

 阿妹茶樓(アーメイチャーロウ)。私のイメージの中にある九份は、まさにこのような建物がたくさん立ち並んでいるところだったのだが、このような建物はこれ一軒だった。映画「千と千尋の神隠し」の舞台は宮崎駿監督が九份を訪れてイメージしたものとも言われていたため、勝手に映画の世界がここにあるのだとひとり合点していた。こう言ってはなんだが、上海の豫園の方が、千と千尋の神隠し的世界感の建物がたくさんあったと私は思った。なお、だから豫園の方が九份よりいいと言っているわけではなく、私の中のイメージが近いと言っているだけである。

 山の斜面に建っており、海も見えるのでなかなか美しいところだ。

 下の写真だと、うっすらと海の水平線が見えている。

 

 昼食までの1時間ほどは、基山路を歩く。両側に飲食店や土産物売り場が立ち並ぶ狭い坂道、石段道である。

 

 

 昼食は、阿妹茶樓の3階で同じツアーの日本人客30名弱と、いくつかの丸テーブルに分かれて郷土料理をいただいた。麻婆豆腐なども出たが、全然辛くなくやはり台湾は薄味だということを再確認した。帰り際に、ここは特に夜は綺麗とのことで、阿妹茶樓の夜景の絵葉書をくれた。石段を下りたところから路線バスに乗るのが、30名乗れる空きのあるバスがなかなか来ず20分ほど待った。その前日は80分待ちだったとのことなので、まずまずである。その終点には、台北から乗って来た私たちの観光バスが待っており、それに乗り換え、午後2時半頃に乗った場所で降ろされて解散。

 

椿サロン

 前日は暖かかったのだが、九份は天気も曇りでやや肌寒く、たくさん歩いて腰も痛くなったので、ホテルに戻った後、初日に入った大浴場で身体を温め、椿サロンと言う喫茶店で午後のお茶にした。これは日本資本の店である。トッピングが一旦ずり落ちたので形が崩れてしまったが、食べたことがないような豪華なホットケーキだ。

三燔本家

 今夜はホテルのレストランでゆっくり食事をしようと、前夜に予約を試みたが、広東料理、上海料理のレストランともに満席で、日本料理の三燔(ミーハン)本家でかろうじて予約が取れた。このホテルは食事も高価なため、牛肉でいちばん安かったアメリカ産カルビのしゃぶしゃぶを食べたが、十分にやわらかくて美味しくいただいた。

第4日

 来たときはMRTで、階段の上り下りがけっこうあり、お土産で荷物も重くなっているので帰りはタクシーで空港へ。機内での食事まではしばらくあるので通関後に軽食を摂った。これでほぼ台湾元を使い尽くし残りは少額のコインだけとなったが、悠遊卡の中にはそれなりに残っているはずなので、免税店で使えるか聞いたら、ここでは使えないが軽食を摂った店では使えるというので、いくら残っているか調べてもらった。私も妻も253元残っていたので、この店で売っていた200元のクッキーを2個買って残53元ずつとなった。結局、公共交通機関としては、MRTを3回とバス1回でひとり47元(200円強)だけ使ったことになる。なおMRTの最初の1回はサービスで無料だったと思う。

ポケモンジェット

 帰国便はEVA航空BR2176便だったが、チェックインカウンターはANAで、チケットもANAでNH852便になっていた。これもB787型機だが、座席配列は3-3-3のためEVAよりだいぶシートの横幅が広かった。機内のアナウンスで、ポケモン塗装だということを知り、タラップから降りたあと(バスだった)写真を撮った。

 品川まで帰って来たときに家族が羽田空港でのJAL機が海保機に衝突した事故を知り驚いたが、私の飛行機は16時55分に着陸したので、その52分後に事故が起きていたわけで危なかった。

 能登地震の災害支援に向かわれる途上で殉職された海保機乗組員5名の方々のご冥福をお祈りいたします。

以上

(2024/1/17)