Contents
- 御朱印集め(34) 皇大神宮(内宮)/こうたいじんぐう(ないくう)
- 御由緒
- 境内
- 1.宇治橋
- 2.神苑
- 3.手水舎・御手洗場(てみずしゃ・みたらしば)
- 4.瀧祭神(たきまつりのかみ)
- 5.忌火屋殿・祓所(いみびやでん・はらえど)
- 6.御贄調舎(みにえちょうしゃ)
- 7.正宮 皇大神宮(しょうぐう こうたいじんぐう)
- 8.御稲御倉(みしねのみくら)
- 9.外幣殿(げへいでん)
- 10.別宮 荒祭宮(べつぐう あらまつりのみや)
- 11.御酒殿・由貴御倉(みさかどの・ゆきのみくら)
- 12.五丈殿(ごじょうでん)
- 13.四至神(みやのめぐりのかみ)
- 14.別宮 風日祈宮(べつぐう かざひのみのみや)
- 15.内宮 神楽殿(ないくう かぐらでん)
- 16.御厩(みうまや)
- 17.参集殿(さんしゅうでん)
- 18.大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)・子安神社(こやすじんじゃ)
- 御朱印
- 神宮大麻(じんぐうたいま)
御朱印集め(34) 皇大神宮(内宮)/こうたいじんぐう(ないくう)
お伊勢参り2日目は、三重県伊勢市宇治館町に鎮座する皇大神宮(内宮)に、早朝参拝した。
御由緒
およそ2000年前、垂仁天皇の御代から五十鈴川のほとりに鎮まります皇大神宮は皇室の御祖先であり、我々国民から総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りしています。(神宮公式サイトより引用)
御祭神
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
私がこれまで行ってきた日本の起源を探訪する神社巡りの神様のご系譜(下図)で見ると、皇祖神であられるので、当然のことながら頂点にあらせられる。
前回訪問した英彦山神宮(福岡県)の天忍穂耳尊より下の代はすべて御姫神がいらして、その御子神がお生まれになっているが、天照大御神(女神)に配偶者がいらっしゃらないのに子を持たれたのは、天照大御神とその弟である須佐之男命との誓約で成ったからだ。
須佐之男命が天照大御神の左の御みずらに巻いてあった勾玉を手にとって、天之真名井の水ですすぎ、噛みに噛んで、吹き出した息の霧に成った神の名は天忍穂耳尊。天照大御神は、自分の物から成ったので天忍穂耳尊は自分の子ですと仰せになりました。(竹田恒泰著 現代語古事記より引用)
境内
神宮公式サイト(https://www.isejingu.or.jp/)にあった、内宮のモデルコース(90分)にできる限り忠実に回った。以下の各ポイントでの説明は同サイトから引用させていただいた。
1.宇治橋
宇治橋前で、早朝参拝5時の開門を待つ。
2.神苑
3.手水舎・御手洗場(てみずしゃ・みたらしば)
五十鈴川の畔の御手洗場。
4.瀧祭神(たきまつりのかみ)
五十鈴川の御手洗場の近くにあり、御垣と御門のみで社殿はなく、石畳に祀られているとのこと。内宮の所管社。
御祭神
瀧祭大神(たきまつりのおおかみ)
五十鈴川の守り神として古くから大切に祀られ、内宮の所管社ながら、祭典は別宮に準じているとのこと。
5.忌火屋殿・祓所(いみびやでん・はらえど)
神饌(しんせん)の調理を行う「神様の台所」。忌火とは、「清浄な火」という意味で、火鑽具(ひきりぐ)を用いて清浄な火をおこし、お供えものを準備するとのこと。
写真は正面ではなく、左側面を撮っていると思われる。
6.御贄調舎(みにえちょうしゃ)
内宮の祭典の際、御饌都神(みけつかみ)である外宮の豊受大御神をここにお迎えし、神饌の代表として鰒(あわび)を調理する儀式が行われるとのこと。
7.正宮 皇大神宮(しょうぐう こうたいじんぐう)
撮影は階段の下からのみ許されている。古殿地は、現社殿の右側にあるが、見ることはできず、したがって外宮のように古殿地の上の空間をとおして正宮の御本殿を望み見ることもできない。
御祭神
天照大御神
御神体
八咫鏡(やたのかがみ) 皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つ。
8.御稲御倉(みしねのみくら)
内宮の所管社のひとつで、神宮神田で収穫し、三節祭でお供えされる御稲が奉納されるとのこと。小さいながらも神明造りで、内宮の特徴として、千木は内側が水平に切られた内削(うちそぎ)、鰹木は偶数で6本となっていることがわかる。
9.外幣殿(げへいでん)
かつて天皇以外のものから奉られた幣帛(へいはく)も納めた建物とのこと。
10.別宮 荒祭宮(べつぐう あらまつりのみや)
現社殿の左手には、古殿地がある。
御祭神
天照大御神荒御魂(あまてらすおおみかみのあらみたま)
荒祭宮は、内宮に所属する十所の別宮のうち、第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、天照大御神の荒御魂。神様の御魂のおだやかな働きを、「和御魂」(にぎみたま)と申し上げるのに対して、荒々しく格別に顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを、「荒御魂」とたたえます。(神宮公式サイトよりそのまま引用)
私は、天照大御神荒御魂と聞くと、古事記の次の場面を想起する。
伊耶那岐神(いざなきのかみ)から追放された須佐之男命が黄泉国(よみのくに)にいらっしゃる母の伊耶那美神(いざなみのかみ)のところにおいでになる前に、高天原に上り、天照大御神に報告することになさいました。須佐之男命は追放されて心が荒ぶっていらっしゃったので、天に舞い上がる時、山、川、土はことごとく揺れ動きました。天照大御神はその異様な事態に驚き「我が弟が高天原にやってくるのは、きっと何かたくらみがあるに違いない。国を奪うつもりかもしれない」と仰せになり、完全武装で弟が来るのにお備えになりました。(竹田恒泰著 現代語 古事記より引用)
天照大御神が完全武装されたのは、きっと荒御魂の働きによるものだろうと。
11.御酒殿・由貴御倉(みさかどの・ゆきのみくら)
大きな建物が御酒殿で、古くはここで神酒を醸造、現在は三節祭の前に酒麹を奉納し、白酒、黒酒、醴(あまざけ)、清酒の四種の神酒を一旦お納めするとのこと。
小さな建物が由貴御倉。由貴とは、清浄でけがれのないという意味で、古く由貴御倉ではお供えものや果物などを納めていたとのこと。
御酒殿も由貴御倉も共に内宮の所管社。
12.五丈殿(ごじょうでん)
祭典が雨天の際、祓所に代わって神饌などを祓い清める場所とのこと。
13.四至神(みやのめぐりのかみ)
内宮神域の守り神。四至とは神域の四方を意味し、社殿や御垣はなく、石畳の上に祀られるとのこと。内宮の所管社。
残念なことにどこにあるのかわからなかった。内宮モデルコース案内図で、[13]四至神と記されているが、その[13]の位置にあると思って探したが、上記Google Mapで見ると、五丈殿と忌火屋殿・祓所の間にあるので、案内図上では、四至神と記された位置に相当する。もう一度お伊勢参りをする機会があったら、四至神にお会いして今回の失礼をお詫びしたい。
14.別宮 風日祈宮(べつぐう かざひのみのみや)
御祭神
級長津彦命(しなつひこのみこと)
級長戸辺命(しなとべのみこと)
ご祭神は、伊弉諾尊の御子神で、特に風雨を司る神。雨風は農作物に大きな影響を与えるので、神宮では古より正宮に準じて丁重にお祭りしているとのこと。伊勢の神宮公式パンフレットによると、鎌倉時代、蒙古軍を退けたご神威により、別宮に加えられたとのこと。因みに調べてみると、級長津彦命は男神、級長戸辺命は女神である。
御本殿の屋根には内削の千木と鰹木は偶数の6本が見える。右手は古殿地。
15.内宮 神楽殿(ないくう かぐらでん)
神楽殿で御朱印をいただけるはずだったのだが、最初にこの前を通ったときは開いておらず、5時50分過ぎに戻ってきたときもまだ開いておらず、四至神を探しに行ってみつからずに戻ってきたら開いていた。内宮参拝の開始は5時からでも、御朱印や御神札授与は6時からなのであった。一瞬、昼間にもう一度御朱印だけいただきに来ないといけないかという考えが頭をよぎったが、いただけてよかった。
16.御厩(みうまや)
皇室から献上された神馬がいる場所、ということだが、ふつうは皇室になにかが献上されるものだ。皇室から献上されるのだから、神宮がどういうところががわかるというものだ。
2頭ともご不在であった。
17.参集殿(さんしゅうでん)
参拝者向けの無料休憩所。中央には奉納舞台があり、能や狂言など各種奉納行事が行われるとのこと。
18.大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)・子安神社(こやすじんじゃ)
大山祇神社も子安神社も共に内宮の所管社。
御祭神
大山祇神社 大山祇神(おおやまつみがみ)
神路山の入口の守護神で、古くは山神社と呼ばれていたとのこと。
子安神社 木華開耶姫命(このはなさくやひめ)
大山祇神の娘神。地元の方からは、安産、子授けの神として崇敬されているとのこと。
因みに、木華開耶姫命は天孫降臨された瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の姫神である。また、瓊瓊杵尊は天照大神の孫である。よって天孫。
早朝参拝を終えて、ちょうど7時頃に宇治橋を渡る。
鳥居を出て右手にあるおはらい町は、まだひっそりと静まっている。
御朱印
内宮之印と記されている。
神宮大麻(じんぐうたいま)
これは角祓(かくはらい)と呼ばれるもの。
以上
(2022/6/11)