御朱印集め

御朱印集め(4) 香取神宮

御朱印集め(4) 香取神宮

 関東三社参りの締めくくりは、千葉県香取市にある香取神宮である。位置関係を確認しよう。

 香取神宮には、利根川に面して浜鳥居があり、下の地図で示すように、香取神宮のほぼ北方向に位置する。香取神宮の本殿は南向きに建っているため、本殿の裏側になる。江戸時代の東国参りでは船で来た人たちは浜鳥居で下船後、南に向かって歩き、西側から回り込むように参道を伝って総門に達し、それから北向きに楼門、拝殿へと向かうことになっていた。

 因みに本殿裏の茶店・寒香亭(創業明治25年)で御主人に伺った話によると、昔は東国三社参りのために江戸から関宿(今の野田市)まで船で江戸川を遡り、そこから利根川沿いに木下(きおろし 現在の印西市)まで来て、木下からまた船に乗って浜鳥居まで来たそうである。また利根川が昔は東京湾に注いでいたが、江戸時代に徳川幕府により銚子へと流路を変える工事を行ったことも、そんな話は聞いたことがあった気もするが、あらためて教えていただいた。関宿から木下までは利根川を船で下ったのか、あるいはまだ利根川がこちらにつながっていなくて陸路を辿ったのかは、そこまで聞き返さなかったのでわからない。

香取神宮御由緒

 香取神宮の御祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)。以下、田中英道先生(前回、前々回参照)によると、国譲りの神話の際、鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)とともに出雲(いずも)に下ったもうひとりの剣豪である。そして鹿島神宮と香取神宮は大和国の前にあった日高見国の中心地であり、それぞれの役目を演じていた。香取神宮は物部氏(もののべし)、鹿島神宮は後に藤原氏となる中臣氏(なかおみし)の神宮だ。鹿島神宮は太陽を中心に祀るという形を取り、香取神宮はそれを助けるというような役割をしていた。どちらが中心かと言う論争があるようだが、武甕槌神が国譲りの神話では中心人物になり、経津主神はそれを助ける役割と見られる。鹿島神宮は祈りで、香取神宮はそれを支えるさまざまな「物」(物部氏の物)であり、そういう役割をしていた両神宮がひとつとなって高天原を支えていた。

 下記写真の「~日本書紀と香取大神~」には、上述のどちらが主かということが書かれており興味深い。

香取神宮の見どころ

一の鳥居(浜鳥居)

 浜鳥居は元は水中に建っていたとのことなので、船で着いたら船ごと鳥居をくぐったのだろうか。

参道商店会

 昼食は、どんな店があるのかひととおり見てから決めようと思っていたが、最初の左側の「亀甲堂」で押しの強いおばさんに引き込まれて、ふつうに天ぷらそばを食べた。

二の鳥居

 明示されてはいないが二の鳥居(多分)。これまで見て来た鳥居の笠木(一番上の水平の部分)は丸太だったが、これは角材、もしくは板である。両端が上に反っている。

山村新治郎の像

 「1970年日航機よど号乗っ取り事件の乗客百余名人名を救った身代わり新治郎」の像。運輸政務次官在任中のこと。

参道

 両側にたつ灯篭には、鹿の浮き彫り。鹿は神の使いである。

三の鳥居

狛犬

 田中英道先生によると、犬ではなく獅子。つまりライオン。日本人は大陸から人が渡来したというと中国か朝鮮と考えるが、ライオンがいるくらい遠くの人が渡来している。

総門

楼門

 江戸時代の1700年(元禄13年)に建てられた。元禄文化という時代の建築をよく表しており、非常に装飾的であると同時に、当時の唐風の建築様式も表わしている。長い間文化は京都や関西が中心だったが、江戸時代に関東や東の文化を再興しようということになり、そのなかで、関東や東国には大和地方、京都、奈良よりおさらに古い時代の文化があったことに気が付き始めた。つまり、日高見国と言う国があって、そこに太陽を中心とした祭祀国家があったということを予想したが、それが今では縄文文化と重なり合って見事にひとつの文化、長い歴史の繋がりとして分かってきた、と田中英道先生は述べておられる。

拝殿

拝殿、本殿の方角は南向き。

 拝殿は1940年(昭和15年)に造営されたが、この後にある本殿は1700年(元禄13年)に香取神宮が江戸時代に復興した時の建築で、徳川家康を祀る日光東照宮の華麗な建築の流れをくんでいる。均整の取れたプロポーション、黒色に金のさまざまな装飾が入っており、江戸建築の代表的な名建築である(田中英道先生)。

 本殿は横からしか見ることができないが、おそらくこの拝殿は本殿の様式に倣って造営されたのではないかと想像する。

宝物館

 たまたま停電のために臨時閉鎖されていた。残念。

要石

 鹿島神宮の要石は頭が凹んでいたが、香取神宮のものは凸型である。

奥宮

 御祭神は、経津主大神荒魂(ふつぬしのおおかみあらみたま)。

御朱印

 右側が下総國一之宮香取神宮。

 左側が摂社奥宮。

関東三社参りを終えて

 日本の起源に触れたことでパワーをもらい元気になった。縄文時代、弥生時代、古墳時代といった考古学的な時代の流れでしか知らなかった日本の古代は、多くの神々が活躍され、そして天孫降臨を経て人として、126代連綿とつながる天皇を中心とした日本という国の歴史になってゆく。そしてその古代の神々はそもそも神話の中の物語ではなく実際に存在した人なのかもしれないと考え得る、日本という自分が生まれた国に誇りを持つことができた巡礼の旅であった。

以上

(2021/7/26)